この国を守り抜け !    

自主防衛なき日本に未来はあるのか !?                                 国防・安全保障政策を掲げる幸福実現党を応援しています。

与える愛からはじめよ

『ゼロから人生をスタートして、多くの人びとから面倒をみてもらいながら、それでもまだ自分の与えられた環境に不平不満を言いつつ生きてゆくつもりなのか。
それとも、感謝ということを胸に秘めて、報恩という行為でもって社会に還元してゆくか。いったいどちらを選ぶかです。
人生の一つの意味は試練であり、私たちは毎日毎日試されているのです。
まず、「与える愛」からはじめてゆきなさい。日々の努力目標を、まず、「与える愛」におきなさい。あなたは人びとに対して、社会に対して、いったいいかなる愛を与えることができるのでしょうか。愛とは恵みです。それも善き恵みであり、他人を生かしてゆこうとする力です。縁あって人生の途上で出会った人びとに、生きてゆく勇気を与え、力を与え、希望を与えること、それが愛です。』

     -----「幸福の原点」 第1章 幸福の原点 より

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私は如何にして幸福実現党党員となったか

さて、世の中は、いつも暗いニュースばかりですね。
師走の忙しい時に、暗いものを取り上げると、もっと疲れるので、今日は暗いニュースは取り上げないことにしました~。

幸福実現党の目指すもの
この国の政治に一本、精神的支柱を立てたい。
これが私のかねてからの願いである。
精神的支柱がなければ、国家は漂流し、
無告の民は、不幸のどん底へ突き落とされる。
この国の国民の未来を照らす光となりたい。
暗黒の夜に、不安におののいている世界の人々への、
灯台の光となりたい。
国を豊かにし、邪悪なる者に負けない、
不滅の正義をうち立てたい。
人々を真なる幸福の実現へと導いていきたい。
この国に生まれ、この時代に生まれてよかったと、
人々が心の底から喜べるような世界を創りたい。
ユートピア創りの戦いは、まだ始まったばかりである。
しかし、この戦いに終わりはない。
果てしない未来へ、はるかな無限遠点を目指して、
私たちの戦いは続いていくだろう。


真なる幸福実現のため、これからも邁進してまいりましょう。

さて、今日は、「与える愛からはじめよ」というテーマを選ばせていただきました。
「自分の生活が第一」の鳩山政権の人たちも、与える愛の実践をしていただきたいものです。
(外国人の生活が第二?)

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さて、幸福の科学の四正道である、「愛・知・反省・発展」の原理のなかで、「愛の原理」は、
以前の記事、「常に優しき人となれ」でも取り上げさせていただきました。
今日は、「愛」のなかの「与える愛」について取り上げてみたいと思います。
愛にも発展段階があると、私たちは教えられています。
「本能の愛」「与える愛」「生かす愛」「許す愛」そして、「存在の愛」ですね。
「本能の愛」というものは、みなさん既にお持ちであろうと思います。
家族や兄弟に対する愛、肉親に対する愛ですね。
そして、その次の「与える愛」とは、イエス様が説かれた「隣人愛」に相当するものですね。
でも、隣人愛だと言われていますが、本能の愛である家族愛においても、果たして、与える愛の実践ができているのかと問われれば、疑問符がつく場合があるではないでしょうか。

与える愛で人生が変わる
『子供に対する親の愛も同じです。愛していると称して、その実、心配することだけを習慣にしている人がいます。「うちの子は事故を起こすのではないか」「試験で失敗するのではないか」「悪い子になるのではないか」など、いつも悪い予想ばかりを口にし、
心配することをもって愛だと思っているのです。
しかも、その心配はほんとうに子供のためなのかを考えると、必ずしもそうではないはずです。子供のためと言いながら、実は自分のために心配しているのではないでしょうか。そうした事態が起きると自分が困ると考えているのではないでしょうか。
たとえば受験生を子に持つ人であれば、「子供が受験に失敗すると困る」と心配しているでしょうが、ほんとうにその子の将来を考えて、そう思っているのでしょうか。「自分がまわりに対してあまり格好がよくない」「その後の一年間、自分も余分に苦しまなければならない」などの理由で、困ると思っていることも多いのではないでしょうか。
「もっと純粋に相手のことを考えて、愛を発揮したことがあるだろうか」と考えていくと、「愛を与える」という、幸福の科学の原点となる考え方であっても、きわめて難しいことが分かると思います。』

  ---「人を愛し、人を生かし、人を許せ」 第1部 二 人を愛するとは より

少し、耳が痛いと感じた方が、いらっしゃるのではないでしょうか?
子供のことを心配しているつもりでも、実は、自分の心配をしているときがあるんですね。
まあ、私も二人の子どもを育てるなかで、そういう気持ちのときが、多々あったと思います。
私の息子は、ちょうど娘が行方不明のときに、お嫁さんにしたい子を連れて来ました。
そして、付き合い始めてしばらくした時、「おかん、出ていくわ、彼女と住むわ」と、突然言ったんですね。びっくりしましたね。
幼い頃から息子は、「ずっとお母さんと一緒に暮らすからね」と、言っていたんですね。
だから、ずっとそばにいると思っていたんですね。
「そうか、出てゆくんか。女の子は泣かしたらあかんで」と、その場は言いましたが、息子が出て行ったその日、私はやっぱり泣きましたね。
母親にとって、やはり息子は可愛いいし、寂しかったんですね。
でも、子供には子供の人生がありますね。私の役目はもう終わったんですね。
その日、半日ほど泣きましたが、きっぱり子離れしましたね。
「いつも私の手を握っていた息子も、独立したんやな・・」と、すごく嬉しくなったんですね。
( ご飯も作らんでいいし、洗濯もせんでいいし、らくちんらくちん )

その日から私は、息子のことはお嫁さんに任せきりですね。
まあ、向こうから頼ってきたときは、世話をしますが、普段はこちらから連絡もしませんね。
子供には子供の人生。子供には子供の魂修行があると思っているからですね。
でも、初めての一人暮らしも半年で終わりでしたね。
次は高齢の両親が控えていましたわ~。
もうちょっと、一人暮らしを満喫したかったですね。

『与える愛からはじめてゆこうと決意した時、その心は、神仏の心と同質の光を帯びているのです。他を生かさんとする心の芽生えは、すでに神仏の子として慈悲心が生じてきたということなのです。愛のなかにも、「奪う愛」という名の執着の愛もあれば、「与える愛」という名の、利己心と自己保存欲を捨てた愛もあります。相手を奪い取り、相手の心をがんじがらめにするためのトリモチのような愛は、与える愛とは言わないのです。金銭や物品をいくら湯水のごとく注ぎ込んだところで、それが相手を虜にし、籠のなかの鳥にする目的をもってなされたものであるならば、それは与える愛ではなく、やはり奪う愛であり、執着の愛なのです。』
     -----「幸福の原点」 第1章 幸福の原点 より

家族愛は、与える愛を実践するために、最初に突破しなければいけない関門だと思いますね。家族に対しても、ギブ&テイクでしか、接することができない人がいるように思います。
あと、お金や物品を与えることが愛だと勘違いしている人も、世の中には多いですね。
まあ、日本のトップにいる方も、今のお年になるまで、お母様からお金を与えられて、育てられたんですね。それでですかね。決断力もなく、責任感もない人に育ったのは・・・。
お母様、もう少し、違うものを与えて欲しかったですね。

自己を見つめ直す
『みなさんが現在、苦しみをもっているとしたら、この苦しみの最初の芽生えとして「他人との比較」があったのではないかを考えていただきたいのです。不幸感覚の強い方というのは、かならず環境というものに、その責任を転嫁していくます。何か自分の外にあるものに、責任を転嫁していきます。それは他の人であるか、あるいは自分の生まれ育ち、生きてきた環境かどちらかであります。かならずそうしたことを、気にしはじめるのです。そして、ないものねだりという気持ちが強くなってくるのです。大人になっても同じです。ますますその振り子は揺れが激しくなってくるのです。ですから私たちは、ときおり自分というものを、もう一度ゼロに戻して見つめ直してみるということがだいじなのです。』     -----「幸福の原点」 第2章 与える愛について より

世の中には、「一人で大きくなった」と思われている方もいるんですね。
でも、私たちは、成長する過程において、必ず誰かのお世話になっているんですね。
まあ、なかには、「生まれたくて生まれたんじゃない。」「勝手に親が産んだんだ」などと、
思われている方もいらっしゃると思いますが、そこがもう、大きな間違いなんですね。
私たち人間は、親を選んで生まれて来ているんですね。生まれて来る前に、約束しているんですね。そして、自分が生まれた環境において、それぞれの魂修行をしているんですね。
そう考えた時、自分が大きくなるまでに、いろいろな方のお世話になったことは、忘れてはいけませんね。そして、自分一人だけのことを、考えて続けてもだめですね。
やはり、多くの人に与えられた愛は、感謝の心で受け止めて、そして、報恩という行為でもって、その愛をお返ししてゆかねばならないですね。

愛は与えた人のものになる
『幸福の科学の本には、「与える愛とは無償の愛の別名である。ただ与えることに意味がある。見返りを求めたときに愛は死ぬ」とよく書いてあります。
この「見返りを求めたときに愛は死ぬ」という言葉は、詩的な言葉というか、言葉自体の響きのために語られているものではありませんこれは真実なのです。何かよいことをしたとしても、同じだけの結果、あるいは、それ以上の結果を期待してなされたときは、
その行為は必ず帳消しになるのです。そして、なぜ「見返りを求めるな」と言っているかといえば、与えた愛はその人のものになるからです。これが人間の心を貫く偉大な法則です。生きているうちに、このことだけでも知っておくことが大事です。
「与えた愛は、与えた人のものになる」-これが目に見えない世界の法則なのです。』
  
   ---「人を愛し、人を生かし、人を許せ」 第1部 二 人を愛するとは より

「見返りを求めたときに愛は死ぬ」
そのとおりだと思います。それは、与える愛ではありませんね。それこそ、ギブ&テイクですね。私も、日々、自身の心を点検し、感謝を忘れず、そして、見返りを求めず、無償の愛を与えられる人になりたいと思っています。
縁あって人生の途上で出会った人びとに、生きてゆく勇気を与え、力を与え、希望を与える
ことができるような自分になりたいと思っています。
みなさまも、「与える愛」からはじめてみませんか。
与える愛からはじめ、報恩という行為で、社会に還元される方が増えることを祈っています。

「よし、見返りを求めず、与える愛からはじめるぞ」と、心から思われた方、
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コメント
NO TITLE
はっぴーらぶさんって、女性だったんですね!
おかあさんだったんですね!

うちのだんなの長女も
昔、行方不明になってました(爆!)

今は彼女もお母さんになってます。

2009/12/30(水) 00:39 | URL | ふろんてぃあ #-[ 編集]
おはようございま~す。
ふろんてぃあさん。
いらっしゃいませ~。

はっぴーらぶさんって、女性だったんですね!
    ↑
よく言われます。v-390
一応、今世は女性です。
お母さんであり、もうおばあさんです。
(まだまだ若いけど・・・v-91)

今後とも、よろしくお願いしま~す。
ご訪問、ありがとうございました~。v-436


2009/12/30(水) 10:24 | URL | はっぴーらぶ #fLHh1H1s[ 編集]
女性ですよね。
いい内容でした!

愛が溢れていました!

もっともっと、成長されますことを、
祈念いたします。
2009/12/30(水) 15:58 | URL | 日本を憂うもの #-[ 編集]
いらっしゃいませ~。
日本を憂うものさん、こんにちは。

日本を憂うものさんのコメントは、
ほんとうに励みになります。

もっともっと精進いたしま~す。v-218

っと、今世は正真正銘、女性で生まれておりますv-398

ほんとうにありがとうございました~。v-421
2009/12/30(水) 17:06 | URL | はっぴーらぶ #fLHh1H1s[ 編集]
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バリバリなにわの育ちです。
「人生は一冊の問題集」
人生の問題集を、ひたすら、
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